エール 4

昨晩、エールの2回分をビデオで見ました。「史上最悪の大作戦」と言われたインパールでの戦いが放送されておりました。戦時中の佳境に入ったものと思います。それにしてもすごい放送でした。朝ドラであんなシーンを映すのかと思ったぐらいです。

このエールは、7:30BS、8:00総合テレビ、下手をすると0:45の再放送と1日3回も見ていることも稀ではありません。しかし、この2日間のビデオはもう見ません。

9月22日のエール3で書かせていただいたのですが、朝ドラでは、「露営の歌」を作曲したのは自宅で新聞に詩が投稿されていたのを見て、作曲したと放送されておりました。

確か、九州かどこかから東京に戻る際に偶然列車の中で見た新聞に「露営の歌」の詩を見つけ、列車の中で東京に帰るまでに作曲したとうろ覚えに記憶しておりました。

そんなことはどうでもいいのですが。

たまたま、「婦人公論」と言う雑誌に、古関裕而の研究の第一人者である刑部(おさかべ)芳則さんと言う日大の准教授が「朝ドラエール『露営の歌』の大ヒット、そして『暁に祈る』誕生の秘話」と言う投稿を目にすることができました。この方は、遺族にも取材しており、朝ドラの風俗考証も務められ、毎朝のテレビ画面に名前が映ります。

昭和12年の春、古関裕而は妻金子(ドラマでは音)と、満州に住む金子の兄や妹に会うために満州に旅行をしたとのことです(ドラマでは音は3姉妹、兄などは出てきません。お兄さんがいらっしゃたのですね)。

大連から神戸港に船で帰る際に(豪華な一等室の船旅だったようです)、2日目にボーイが電報をもってきて「急ぎの作曲があるから、神戸で下船しないで、門司から特急で上京されたし」とコロンビア文芸部から電報であったそうです。

列車の中で暇であったものですから、列車の中で曲を付けたそうで、コロンビアから、曲をつけてほしいと言われたそうですが、「あッ、それなら車中で作曲しました」と答えると「どうしてわかりましたか」の問いに、「作曲家の六感です」と答えたそうです。

この朝ドラはフィクションですからいいのですが、確か列車の中で作曲したと微かに記憶していたのですが、やはり、史実はそうであったようで、婦人公論を見て認知症が進む中でやっぱりと「にやにや」していたところです。

どうでもいいことです。