オリンピックを観るには

オリンピックを観戦するには当然観戦チケットが必要です。平昌オリンピックでは、人気がなくチケットの売れ行きが悪いと聞いていました。

札幌オリンピックでは、1年前の昭和46年2月16日に全国一斉に日本交通公社(JTB)で発売になりました。当時、岩見沢では3条の西6丁目にJTBの支店があり、朝の4時30分から支店前に並びました。あの寒い中を。9番目でした。並んだときは、もうダメと思いました。それは岩見沢支店では1競技15枚の発売で、一人2枚までしか買うことができなかったのです。つまり、前の人が2枚づつ買ったなら、8番目の人が1枚買ってお終いとなるのですから9番目では手に入れることはできないことになります。

ところがラッキーなことに、フィギアー女子フリーの券が1枚残っており、何とゲットできたのです。そして、ペアーフリー2枚も。ペアのフリーは、私で最後でしたので、後ろ方から、「ずるい」「1枚だけでいいから譲って」と言われました。別にずるくはないと思いますが・・・・。

スキー関係は、そのあと3月に発売となりました。2回の発売で合計24枚のチケットを手に入れました。学生アルバイトしてためてあったお金を全部はたいて。もちろん、金・銀・銅の70メートル級ジャンプ2枚も取得しておりました。全部でいくら払ったのかあまり記憶がありませんが、3万円までは払ってないと思います。そういう意味では安かったですね。

全部の競技を見たのではありません。祖母、母、弟、いとこらに上げましたので。祖母はフィギアースケートの規定を見に行きました。「いいものを見せてもらった、冥土の土産ができた」と喜んでいましたし、ペアフリーも母といとこが見に行きましたが、これも華やかでよかったようです。当時高校生だった弟は、恵庭岳の滑降を見に行きましたが、帰りに汽車賃が無くなり、交番に行ってお金を借りて帰ってきました。

若かったのですねえ。チケットの発売当時は3年目で、前日試験が終わったばかりで、眠い中を、しかも歩いて買いに行ったのですから。オリンピック開催当時は大学紛争の真っただ中で、大学が封鎖されており、そういう意味では気にせずゆっくりと観戦できました。

本当に私事で恐縮です。トワエモアの「雪と虹のバラード」を思い出します。

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